会社員、卒業してみた。

フリーライター、派遣、ブログの収入でのんびり幸せに生きています。ガツガツ働かないで生きる方法や世の中のことをつづっています。

10年近く経過して、働いててよかったと思えた職場

先日、20代の頃、10年くらい前に働いていた職場の人たちと飲みに行った。

私の他に、4人、その中の1人はもともと友達でそのコと会うのすら3年ぶりくらいだった。他の3人は、男性2人と女性1人で全員数歳以上離れた元上司にあたる人たち。会うのは、7年ぶりくらいだったかもしれない…。

 

7年という歳月は短くなく、私は職種をまるっと変えたし、死にそうになった人、やせた人太った人、家族のピンチを乗り越えた人、いろんなことを経て、縁があってこの日また集まったのだった。近況報告の他、元会社の人たちの話やら一緒に働いていた頃の話やらの昔話をしていたら、あっという間に時間は過ぎていった。

そんな中、トイレへと立ち、席に戻ると、ほぼ空になったジョッキの代わりに、新しいハイボールが置いてあった。ラストオーダーが近かったので気をきかせて頼んでいてくれたらしい。「ハイボールで大丈夫だった?」と言われて「うん、ぜんぜん、ありがとう」と答えながら、そのハイボールを見て、ふっと、みんなと一緒に働いていた頃の記憶が、頭ではなく、心に戻ってきて、うれしさとあたたかさと懐かしさがこみ上げてきた。

トイレに行く時間なんてたかが知れてるし、ラストオーダーが間に合わないというわけではなかったと思う。

そんなとき、ここ数年の付き合いの友人知人ならば、私が戻ってくるのを待って、改めて飲み物をオーダーすると思う。

でも、この日は違った。

「ラストオーダーだけど、Gちゃんはきっとまだお酒を飲むだろう。時間がないから頼んでおこう。ハイボール飲んでたからハイボールを頼んでおこう。次に何を飲みたいかなんて聞かないで勝手頼んでおこう。彼女何でも飲むし、あれが飲みたかったとか、うだうだいうタイプでもないし勝手に頼んでおこう」という感じで、別に深い意味はないと思うのだが、私は妙にうれしかった。

相手もこちらもヘンな気を使わずに素でいられる空気感。あの頃はそれが普通だった(みんなことは好きだったし感謝はしていたけど)のだが、その後、個人的に仲良くなって気を使わない間柄になった人はいるけど、“仲間”という感じて数人でそのような雰囲気でいられる職場というのは、あれ以来、体験していない。

3人は年も離れているし元上司であったことからして、仲間とか失礼では!?とか一瞬思ったりもするんだけど、それでも、自分の中では“仲間”という表現がしっくりくるなぁと思えた時間だった。

この会社で働いていたとき、仕事じたいは大変で毎日辞めたかったけど、一緒に働いていた人たちには本当に恵まれていて、この日集まったときも、ひとりひとりの優しさやお世話になった瞬間を思い出したのだった。この日いなかった人たちにも、今でも感謝の気持ちでいっぱいだ。

もともと友達だったコを除いて、他の3人と同じ店で働いていたのは、1~2年くらいで(会社には計4年いたがそれぞれ店舗の異動などがあったので)、今思うと、そんな短かかったっけ!?という感じ。3、4年は一緒にいたような気がしてしまうくらい、密度の濃い時間だった。

私はきっと、この人たちに会うためにあのとき働いていたんだろうな、と今ははっきり思う。もちろん、仕事自体でもいろいろなことを学んだし、あまり向いてなくてツライなと思っていたからこそ、それをバネに今好きな仕事をできるようになったフシもある。でもたぶん、あの頃働いていた1番の目的はこの人たちに出会うためだったのだと思う。

この仕事を卒業して、いくつかの会社で働いたけど、ずるい人やあざとい人とかプライド高い人とか、自分のことばかり考えているような人も結構いるわけで。そういう人とはあまり関わる必要がないと思っているけど、そんなふうに割り切って、人を見分けることができるのも、そのとき人間関係に恵まれていたからなのかもしれない。

あと、「私は私で大丈夫」という芯のようなものが、このときに形成されていたような気もする。

あの頃、あの会社で働いてて本当によかった、と、今では強く思う。

でも、それは今だから言えることで、仕事は好きじゃなかった。でも、それでいいんだと思う。働きたくなくても仕事が好きじゃなくても、ぜんぜんよかったんだと思う。まぁ、結構つらかったけどあの頃は。遅刻したり、他にも皆に迷惑をかけながら何とか働いてる状態だったけど、それでよかったんだと思う。

「働きたくない」と言うと、甘ったれてるとかいう人がいるけど、甘ったれてても全然いいんだと思うのよ。甘ったれながらも何かしらやってれば、そのうち、淡々とできるようになったり、違う道が開けたり、するもののような気がする。

でもそれも、別に、その人のペースでいいのだと思う。例えば、本当に仕事が嫌な状態なら辞めてもいいと思うし。それがもしも単なる“逃げ”であったとしても、その人にとって必要なことなら、まわりがとやかく言わなくても、きっと同じことがやってくると思うのよ。そしたら、そのときもう1度乗り越えればいいだけの話。逃げたり休んだりしながら、その人のペースで進めばいい。

そんなことを考えていて、こんな私でも少しは大人になったのかなーと思えた年の瀬だ。